様々な領域の「知」を求めて、有識者の皆さんと対談する連載「 #知の探索 」。インタビュアーは、当社の本田卓也が務めます。
今回のゲストは、株式会社ウェブライダー・代表取締役の松尾 茂起さんです。
多くのWebマーケターやライターにとってバイブルとも言える『沈黙のWebマーケティング』『沈黙のWebライティング』の著者である松尾さん。SEO業界にはなかった特異なクリエイティブの数々は、数々の反響を呼び続けています。
そんな松尾さんのクリエイティブの源泉をたどりつつ、コンテンツ制作で大切にしていること、AI時代のコンテンツマーケターの未来を語っていただきました。
(執筆・撮影:サトートモロー 進行・編集:本田卓也)
「誰かのため」から音楽がSEOとの出会い
本田:
松尾さんといえばクリエイティブなイメージが強いですが、幼い頃はどのようなことに興味を持っていましたか?
松尾:
自分で言うのもあれですが、割とクリエイティブな方だったかもしれません。小さい頃は絵を描くこととレゴブロックにハマっていました。7歳くらいからピアノも習い始めています。
本田:
幼い頃からすでに、今の仕事につながるクリエイティブの片鱗が見えますね。
松尾:
中学では本格的に絵を勉強したくて美術部に入ったんですが、途中から帰宅部のようになってしまって。しかし中学2年生の時、音楽祭でピアノを弾いてみないかと声をかけられて。それが「音楽ってありかも」と思う転機になったんです。
本田:
それまで音楽にはあまり思い入れがなかったのですか?
松尾:
嫌々習わされていたので、人前でピアノを弾くのは恥ずかしいと思っていました。でも、音楽祭で弾いたら思っていた反応と違った。普段あまりそういうことを言わない友人たちも「いいじゃん!」とほめてくれたんです。そこからはどんどん、音楽の世界へのめり込んでいきました。
本田:
松尾さんの音楽の原点は中学時代にあったのか。幼少期から音楽や美術といった表現活動に興味を持った原点は、どこにあったのでしょうか?
松尾:
自分の中で、強烈に表現したいものがあったわけではありません。音楽も美術も、「コミュニティの中に表現物を持ち込むと場の雰囲気が良くなる」という、人とコミュニケーションを取るためのツールでした。
絵を描くと親や先生が喜んでくれる。ピアノを弾いたらみんなが喜んでくれる。それが私にとって、芸術に取り組む理由になっていたんです。
本田:
周りを喜ばせたいという一心があったのですね。その後、どのような経緯でSEOと出会うのですか?
松尾:
大学卒業後、音楽制作会社に入社して舞台音楽などを作っていました。ここでは徹底的に「ニーズ軸」で音楽を作ることを求められました。人が何を求めているかを逆算して作る大変さと面白さを学んだ経験は、今のコンテンツ作りにも生かされていると思います。
しかしこの制作会社は少しハードだったため、4年勤めて退職しました。音楽しかできない自分は、これからどうやって生活していこう。あれこれ悩んでいた時、どなたかのWeb記事で「SEOで検索上位表示させれば見つけてもらえる」という情報を目にしました。
それを読んで、「京都 ピアニスト」「京都 作曲家」といったキーワードで、自分のオフィシャルサイトを1位にしようと考えたんです。
本田:
それが、松尾さんがSEOと出会ったきっかけだったのですね。具体的には何をしたのですか?
松尾:
コンテンツづくりと並行して、同じ志向を持つミュージシャンとのネットワーキングにも力を入れました。
「あなたのサイトのここが好きで、私のサイトでこう紹介させてもらいました。もしよかったら私のことも紹介してくださると嬉しいです」と、一つひとつのサイトにファンとしてメールを送りました。
ミュージシャン同士は割とフラットなつながりがあるので、「いいよ」と気軽に了承してくれました。結果的にコンテンツとコンテンツとの良質な出会いになったと考えています。また、知り合った人とは飲みに行く関係になったり、音楽イベントを一緒にやったりして。そんな活動を続けるうちに、サイトに訪れる人も増え、いくつかのキーワードでも上位表示されるようになっていきました。
本田:
オフラインの関係を構築しつつ、Webでの集客につなげたと。すごく丁寧で、それでいて正しいリンクの集め方だ。
ウェブライダーの立ち上げと『沈黙』シリーズの出版
本田:
そこから、徐々に仕事も取れるようになったのですか?
松尾:
はい。作曲の仕事やライブの依頼をポツポツといただくようになりました。
ただ、演奏の仕事はどうしても労働集約型なので、収入には限界があります。自分が稼働しなくても稼げる仕組みを作ろうと思い、ピアノの伴奏集をネット販売することにしました。『ピアノ伴奏素材集』という名前で、今も販売されています。
本田:
自分ではなく商品を売るためのSEOにシフトしていったわけですね。
松尾:
ただ「ピアノ伴奏 素材」のような検索ワードは、あまり需要がありませんでした。もっと大きなニーズをもつトピックで集客・課題解決をして、そこから商品の認知につなげようと考えたんです。
そこで注目したのが、「作曲」「作曲講座」といったキーワードです。これらで検索1位を獲得して、作曲方法と合わせて素材集を紹介することで、うまくアシストコンバージョンにつながりました。
本田:
「作曲」はかなりのビッグワードですよね。それで1位はすごいな。
松尾:
この成功ノウハウを、多くの人々に届けたいと思いました。そこで2007年に商品化したのが、SEO対策のパッケージ『賢威』です。『賢威』は非常に好評で、3万人くらいの方々に使っていただきました。
本田:
3万人!すごい数ですね。『賢威』は私も活用していました。この頃にはもう、ウェブライダーを立ち上げていたんですか?
松尾:
いいえ。『賢威』をきっかけにコンサルティングの仕事もいただくようになったのですが、まだ個人で仕事をしていました。しかし2010年頃、とある企業さんからこう言われたんです。
「松尾さんと取引をしたいのだけど、うちは個人事業主だと稟議が通りにくくて。できれば法人化してくれませんか?」
この言葉をきっかけに設立したのがウェブライダーです。
本田:
そういう経緯だったのですね。
松尾:
当時は「バズるコンテンツを作って注目を集める」という手法が主流だったので、2010年から2012年くらいはバズコンテンツの制作に注力していましたね。
そのうちのひとつが、『私の心の中の関数』というExcelの歌です。
私の心の中の関数 -My excel story- / 愛のウイルス対策 CD販売ページ
本田:
覚えています。あとは『恋のSEO』という曲も発表していましたよね。SEOを歌にするのかと、当時は驚かされました(笑)。
松尾:
「恋のSEO」は2009年なので、法人化する前に発表した曲ですね。この曲は、SEOの認知度向上とダークなイメージのあったSEOを楽しく伝えたいと思い制作しました。
本田:
そうだったのか。そして、満を持して2015年に『沈黙のWebマーケティング』が、2016年に『沈黙のWebライティング』がそれぞれ出版されるわけですね。本書はどのようなきっかけで書いたのですか?
松尾:
この本は、実は「CPI」というレンタルサーバーを提供する株式会社KDDIウェブコミュニケーションズさんとのお付き合いがきっかけで書かれたものなんです。「レンタルサーバーを今までと違うやり方で訴求したい」というご相談を受けて、サーバーの必要性を語るためのストーリーを考えました。
Webサイトへの集客にはSEOをはじめとしたコンテンツマーケティングといった手法がある。それらを駆使してトラフィックを増やしたら、アクセス増加に耐えられるサーバーが必要となる。
こうした一連のストーリーを、物語形式で伝えようと考えました。そこからいろいろあって、あのハードボイルドなストーリーが生まれました。
本田:
単なるSEO本ではなかったのですね。それでも、従来のSEOを解説する本とはまるで異色で衝撃的でした。結果として、累計何万部売れたのですか?
松尾:
紙版と電子版をあわせて23万部です。
本田:
すごい……。SEOの関連書としては史上最高の大ベストセラーだと思います。反響も大きかったのではないですか?
松尾:
おかげさまで仕事の依頼が増えました。それと、採用にもつながっています。本を読んで「こういうマーケターになりたい」と入社してくれる人が結構いるんです。
本田:
採用マーケティングにもつながっているのは素晴らしいですね。
松尾:
ただ本の印象が強すぎて、「松尾さんは怖い人」と思われることも多いんです。作中のボーンのように、何を言われるかわからない人だと。とんだ風評被害ですよね(笑)。
良質なコンテンツの条件は考え抜かれたUXとヒューマンタッチ
本田:
ここからは、松尾さんのコンテンツ制作の考え方について伺いたいなと。松尾さんが考える「良いコンテンツ設計」に必要な要素とは何でしょうか?
松尾:
UX=ユーザー体験を突き詰めることだと思います。
私は昔から、ひとつのツール、ひとつのWebサービスを作るようなイメージでコンテンツを制作しています。例えば、ユーザーが欲しい情報にすぐたどり着けるように内部リンクを適切に設置すべきだとか。
また、ひとつの記事の中で同じ情報を繰り返してもいいというポリシーももっています。
書き手はつい、「同じことを書いてはいけない」「表現を豊かにしなきゃいけない」と考えがちです。しかし、ユーザーからすればサイトをスクロールしているうちに、前に読んだ内容を忘れてしまうかもしれません。
だからこそ、重要なことは何回言ってもいいと考えながらコンテンツを作っています。
本田:
UXを突き詰めれば、SEOで上位表示を取れると考えているのですね。
松尾:
あと、うちの会社では、よく「ヒューマンタッチ」という言葉を使っています。テックタッチ、つまりデジタルツールでの効率的なコミュニケーションも大事ですが、もっと人間的なやり取りを意識すべきだと考えています。
少し極端な例ですが、緊急で謝罪メールを送らないといけない時、時候の挨拶から丁寧に始まっていたら「全然慌ててないじゃん」と思われるかもしれません。多少の誤字脱字があったとしても、一生懸命さが伝わる方が大事なこともあります。
常にキレイな文章表現は心がけたいですが、こうした「場面に応じた人間味」も大切にしたいと思うんです。
あとは、机上の空論でコンテンツを作らないことも大切にしています。
頭の中で「これでいけるだろう」と楽観しながら書いた文章って、いざ公開してみるとうまくいかないことが多いです。とりあえずアウトプットしてみて、自分で読んでどう感じるか。スマホで見た時に「長いな」とか「ここに画像が欲しいな」とか、実際に体験することで見えてくることがたくさんあります。
テックタッチだと、法則に縛られすぎて「このブロックは400字で画像を挿入」「記事は5000字以内に収める」といった発想に陥りがちです。でも、仮に6万字だって面白い記事なら読んでもらえるはず。
まずは自分の感性や体験をもとにアウトプットすること。そして、他の人にそのコンテンツを体験してもらうことが大切ではないでしょうか。
本田:
まさにコンテンツのUXですね。
AI時代のコンテンツの作り方、ライターの未来
本田:
現在、コンテンツ制作において生成AIの進化は無視できません。松尾さんは、現在の生成AIが作るコンテンツや文章をどう見ていますか?
松尾:
生成AIは仕事のパートナーとして非常に優秀ですが、納品レベルの記事が作れるかは全く別の話だと思っています。ちなみに、私は生成AIの存在に脅威を感じていない側の人間です。なぜなら、AIが生成したものを最終的に選ぶのは人間だからです。
AIが賢くなればなるほど、アウトプットの選択肢が増えていきます。すると人は、「選択のパラドックス」に陥ってより良いアウトプットを選べなくなります。
アウトプットを選べないということは、書き手の意思が入り切らない弱いコンテンツになってしまうということ。生成AIだけで書いた文章を見ると、「あ、この人自分で書いていないな」というのはすぐ分かってしまいますよね。
それならいっそ、自分の中にある言葉だけで勝負するほうがいい文章を書けるとすら思うんです。格闘技の技を広く浅く覚えるよりも、長年磨き続けた正拳突きのほうが強いみたいな感覚に近いというか。
本田:
なるほど。そうなると、松尾さん自身は生成AIをあまり活用していないですか?
松尾:
いえ、むしろ業務のさまざまな場面で活用しています。文章の誤字脱字チェックや、類語の提案、あと次の展開が思い浮かばない時に「続きをどう書くか提案して」と頼んでみることもあります。それを見て、「こういう切り口もあるか」と気づきを得られることも多いです。
AIに3人の異なるキャラクターを設定して、自分の文章に対して井戸端会議をしてもらうこともあります。これが結構面白いんですよ。
「先生」と「真面目な生徒」と「斜に構えた生徒」みたいに、それぞれの役割を設定します。「斜に構えた生徒」はとんでもない意見ばかり言うんですが、たまにすごく的を射たアドバイスをくれることがあるんです。
本田:
それは面白い使い方ですね!どの生成AIモデルを使っているのですか?
松尾:
ChatGPT、Claude、Geminiの3つを同時に動かすことが多いです。「ChatHub」のように複数の生成AIを同時使用できるツールを活用しています。社内ツールでもAPIを切り替えられるようにして、あらかじめ登録したプロンプトで動かしたりしていますね。
本田:
コンテンツ生成という観点で、それぞれの生成AIに違いはありますか?
松尾:
文章表現を豊かにしたいなら、今のところClaudeが良いかなと。ChatGPTは良くも悪くも優等生。Geminiも優等生ですが、ChatGPTより少し理性的かな。情緒的な豊かさで言うと、Claude > ChatGPT > Gemini という印象です。
もしも生成AIを活用するなら、ひとつではなく複数のAIモデルを使うことをおすすめします。これだけたくさんのAIモデルという人材がいるのに、1人だけに仕事を振るのはもったいないじゃないですか。しかも、そのAIが必ずベストな回答を出すとは限りません。
なるべく多くの人材(生成AIモデル)に意見を出させて、その中からベストのものを選ぶ。そういう使い方のほうが、仕事のクオリティは上がると思います。
本田:
「よりよいアウトプットを選択できる」という前提で、生成AIを複数活用しているのですね。AIの台頭で、ライターの仕事がなくなるのではと不安視する声も聞かれます。その点はいかがですか?
松尾:
AIでいいのでは?と思われる領域の仕事は縮小していくと思います。ですが、今後も人が書く意味は残り続けるというのが私の考えです。
特に、ツールや商品のレビューなど実際に体験しないと書けない「一次情報」の価値は、これからより高まるでしょう。生成AIは現存するデータを機械学習してアウトプットします。学習対象となる元データ=一次情報は、人間が作らなければいけません。
そういう意味で、「一次情報作成ライター」とでも言える役割を担えるライターの未来は、明るいと思っています。この領域に軸足を置けば、価値を上げることもできるのではないでしょうか。
本田:
Googleがサイト・コンテンツの評価基準に掲げるE-E-A-T(経験・専門性・権威性・信頼性)でも、とりわけ「経験(Experience)」が重視されています。この点は、松尾さんの話と一致するなと感じました。
とはいえ、検索結果画面はAI Overviewの登場で大きく変わろうとしています。コンテンツがAIに要約されてしまう状況については、どう見ていますか?
松尾:
AI Overviewで完結してしまうような情報は、ある程度は仕方ないと諦める部分もあると思います。ただし私の観測範囲では、今のところトラフィックに壊滅的な影響は出ていません。図解や画像を見ないと理解できない情報などは、やはり元コンテンツを見に来てくれます。
それに、私はAI Overviewを「AIによる口コミ」だと思っているんですよ。
本田:
AIの口コミ?
松尾:
AIという人格を持った存在が、コンテンツを勝手に口コミしてくれている。だから、自分のコンテンツが引用されたりするとむしろ嬉しいんです。「あのAIが引用してくれた!」とテンションが上がります(笑)。
こう捉えれば、「AIにどうやってよい口コミをしてもらうか?」という発想になりますよね。
本田:
その捉え方は新しいですね!
悲観するなかれ。明るく楽しい世の中を描こう
本田:
松尾さん個人として、あるいはウェブライダーとして今後挑戦していきたいことは何ですか?
松尾:
今日お話しした私の考え方を軸にした、コンテンツマーケターをもっと増やしていく教育事業に挑戦できたらという想いがあります。
本田:
松尾塾ですか!私もぜひ入塾させてください。
松尾:
(笑)。変化が激しく未来が不透明な時代で、自分の仕事がどうなるか不安に感じている人もいると思います。でも私は、先ほどお話ししたようにライターの仕事はむしろ増えていくと信じています。
教育事業を通じて、コンテンツに携わる方々に勇気を与えたい。そして、「この仕事は楽しいよ」というポジティブな雰囲気をもっと醸成していきたいんです。
本田:
私自身、これからのライターは厳しいだろうと思っていましたが、松尾さんの話で「明るい未来はきっとある」と考え方が変わりました。ぜひその未来を実現してください。
最後に、Webマーケターやライターの皆さんへメッセージをお願いします。
松尾:
コンテンツマーケティングって、本当に楽しくてやりがいのある仕事だと思うんです。だから、あまり悲壮感を持たないでほしい。マーケターは市場をデザインする役割を担っています。その担い手がネガティブだったら、この市場自体が縮こまってしまうでしょう。
まずはマーケター自身が、明るく楽しいことを発信していきましょう。そして、世の中のためになることを一緒にやっていきましょう。