様々な領域の「知」を求めて、有識者の皆さんと対談する連載「 #知の探索 」。インタビュアーは当社執行役員の月岡克博が努めます。
今回のゲストは、株式会社FinTの代表取締役・大槻祐依さんです。早稲田大学在学中、起業家養成講座のビジネスプランコンテストで優勝に輝くなど、学生時代から頭角を現していた大槻さん。その後、在学中に株式会社FinTを創業し、SNSを中心としたZ世代の心をつかむマーケティング施策支援を展開しています。
そして現在、FinTはベトナムなど海外にも進出を果たしています。取材では彼女のルーツをたどりつつ、起業や海外戦略の根底には、大槻さんのどんな想いがあるのかを伺いました。
(執筆・撮影:サトートモロー 進行・編集:月岡克博)
日本のよさをもっと世界に広めたい!目まぐるしい学生生活とFinTの起業。
月岡:
早速ですが、まずお聞きしたいのは大槻さんのルーツです。FinTはグローバル展開にも力を入れていますが、大槻さんにとって「海外」へのモチベーションは、どのような経緯で生まれたのでしょうか?
大槻:
海外に目を向けるようになった最初のきっかけは、高校時代にオーストラリアからのホームステイを受け入れたことでした。この時初めて、日本と海外の違いというのを実感して衝撃を受けたんです。
その女の子は日本文化が大好きだったんですが、その対象は浅草や東京スカイツリーといったランドマークではありませんでした。アニメ「NARUTO」やロリータファッションといったカルチャーに、強い関心を持っていたんです。帰国前にはロリータファッションを買って、「パーティにはこれを着ていく!」と喜んでいました。
彼女は日本の技術にも感動していました。日本にいたら当たり前に感じていることで、お菓子の袋に切れ込みがあって開けやすいとか、抹茶系のお菓子がすごくおいしいとか。「日本ってお菓子ひとつ取っても、すごく丁寧だよね」と言っていたのを覚えています。
私がこれまで意識していなかったことに感動しているその子を見て、この日本のよさをもっと世界に広めたい!と感じました。大学に進学後、この経験で感じた衝撃をビジネスアイディアとしてまとめて、早稲田大学ビジネスプランコンテストで発表したんです。
月岡:
高校時代のホームステイ受け入れ経験が、海外への興味関心につながったのですね。そこからなぜ、起業という考えに至ったのでしょうか?
大槻:
起業が一気に現実的な選択肢になったのは、大学での起業家養成講座でビジネスコンテストで優勝して行かせてもらったシリコンバレー研修でした。シリコンバレーで起業家の方々と一緒に過ごしたり、Google社やApple社を訪問したりしました。その時、スティーブ・ジョブズがApple社を創業したというガレージも見学したんです。
この時の私にとって、ジョブズはまさに歴史上の人物でした。スタンフォード大学で彼が行った演説は、高校時代から暗記するくらい何度も見返すくらい好きだったんです。そんなジョブズのガレージを訪れた時、研修に同行していたカジケンさん(株式会社チカク梶原健司氏)が、「ジョブズも普通の人だった」と話してくださいました。
月岡:
梶原さんは、たしかApple社の日本法人の元社員でしたね。
大槻:
カジケンさんの一言が、私にはとても印象的だったんです。普通の人が世界を変えられるのなら、私にもできるんじゃないか。そんな熱量の高い状態で帰国後、大学2年生でEast Venturesに出会い、インターンで働きながら貴重な経験がたくさんできました。
その後、大学3年生でシンガポールの南洋理工大学へ留学するんですが、ここで驚いたのは若者の金融知識の豊富さです。
同級生と話していても、投資や保険、税金などお金のことについてとても詳しいんです。このときの私は、自分の価値を最大限発揮しつつ、日本に貢献したいと思っていました。そこで「日本の国力を高めるには金融知識が必要だ!」と思っていました。
帰国後はCandleという会社で動画メディアの立ち上げに携わりました。スタートアップに刺激を受ける中、周りの友人が続々と起業していくのを見て、私も大学3年生で金融系のビジネスを立ち上げようとFinTを起業しました。
起業のきっかけとなった母の教え
月岡:
目まぐるしいご経験ですね……。私の学生時代と大違いです(笑)。これだけ積極的に起業に向けて行動できた背景に、何があったのか気になります。育ってきた環境の影響も大きいのかなと思うのですが、ご両親ってどんな方なのですか?
大槻:
母の影響が強いと思います。私にとってメンターのような存在で、たくさんのことを教えてくれました。
母を一言で表すと、とにかく「超効率系」です。コスパをすごく大事にしていて、経験や体験にお金を払うことはいいことだけれど、もったいないことにはお金を使いません。私がケチなのも、母の教えの影響かなと(笑)。
そんな母から、私は「選択と集中の大切さ」を無意識に教わっていた気がします。例えば、私は父の影響で小学校からずっとバスケをしていたんですが、中学受験を前にある選択を迫られました。
それは「塾を続けるか、部活に集中するか選べ」というものです。私は塾も部活も大好きだったんですが、塾の先生からは「部活を続けながらでは第一志望に合格できない」と言われ、部活の顧問からは「塾に通っていたらバスケがうまくならない」と言われていたんです。
月岡:
なんとも板挟みな状況ですね。
大槻:
私はどうしたかというと「どっちも本気でやる」と宣言したんです。受験勉強は志望校にフォーカスして勉強を頑張ってたし、バスケも限られた時間で全力で練習しました。
その結果、中学は第一志望に合格したし、バスケも区選抜に選ばれたんです。それを知った周りの人たちの、私を見る目が変わった瞬間を見て、頑張ってよかったと思いました。
月岡:
選択と集中と聞くと、勉強かスポーツのどちらかを選んだんじゃないかと思ったのですが。大槻さんはどちらも選んで、その中で行動の選択と集中を行ったんですね。
大槻:
どちらも大好きで選べなかっただけなんですけどね(笑)高校の進学後、お母さんはファッションやピアスなど、見た目に口を出すことはありませんでした。ですがある時「バイトは1つで辞めなさい」と言われました。
「働く経験としてバイトは貴重だけれど、あなたの時給は1,000円じゃない。目の前のお金のために働くのは辞めて、自分の時給を1万円、100万円にできるようなチャレンジをしなさい」
その言葉の通り、私は大学1年生の間はバイトをしませんでした。起業家養成講座で勉強したり、大学のビジネスプランコンテストに参加したり、シリコンバレー研修に参加したり、シンガポールに留学したり。お母さんの存在があったから、自分なりに努力を続けてこられたんだと思います。
月岡:
お母様の一言から、自分の生き様を考えるようになったのですね。
大槻:
ちなみに今、母は税理士事務所で働いていてFinTを創業時から手伝ってくれています。母は、祖父の介護で一度仕事を離れて、専業主婦としてライフスタイルを変えようとした時期がありました。ですが、働いている方が自分らしくいられると思ったらしく、試行錯誤しながら働き方を模索して、今の生き方を見つけたんです。
自分らしく活躍してキャリアを築いていこうという人の姿を、間近で見てこれたというのは、私のキャリアにも大きく影響していると思います。
事業のピボットで見つけたSNSマーケティングという得意領域
月岡:
話は少し戻って、FinTの話に。創業当時と現在の事業は大きく違いますが、どんな経緯があったのですか?
大槻:
最初はFinTech領域で事業を展開していましたが、創業1年目で事業内容ピボットをしました。当初は若者にお金の知識を広めようかと、講習会を開いたりメディアを運営しようと思ったんですが……。若者はお金に興味はあるが集客やマネタイズが難しく、このまま事業を成長させていくイメージも浮かびませんでした。
何より、この事業では自分の強みやバックグラウンドが発揮できないと感じ、一度チームを解散して1人で再スタートを切ることにしたんです。そして、ピボットして最初に立ち上げたのが女性向けメディア「Sucle(シュクレ)」です。
私の強みを見直した時、メディアを立ち上げた経験があるということと、日本ではまだまだ数少ない女性起業家であることでした。そこで、女性領域かつ同世代をテーマにしたメディアを運営しようと考えました。
ただ、すぐ上手くいくわけでもなく。はじめはWebメディアとして運営していたのですが、全然うまくいかず。メディアを伸ばす上でSNSが効果的だと、マーケティング界隈で言われるようになってから、記事拡散のためにInstagramとTwitter(現X)を活用しはじめました。
当時のInstagram、インスタグラマーとしては数千フォロワーいたらかなり多いほう。そこで3,000フォロワーくらいまでアカウントを伸ばしていた友人に、Sucleのアカウント運用をお願いしましたが、それでもなかなか効果が出なくて…。
しかし私たちは「Instagramで伸ばすのには法則性があるはずだ」と考え、メディアでやっていたようなSEO的な考え方で仮説検証を行っていきました。
月岡:
具体的にどんなことを試したのですか?
大槻:
SEOだと、例えば「焼肉 恵比寿」というキーワードで検索上位表示を狙う時、2つのワードに関連する情報を記事内に盛り込むなどして、検索意図を満たし、ユーザー行動を改善するじゃないですか。
それと同じで、例えばInstagramでスニーカーの投稿が伸びているのなら、投稿する写真の角度や背景の色を変えてみたり、スニーカー×NIKEやスニーカー×白など、どういう要素をもつ投稿が伸びているのかを探ったりしました。
こうした仮説検証を始めて運営していると、アカウントが一気に数万フォロワーまで成長したんです。相変わらずWebメディアのPVは伸びないのに、女子大生がInstagramで話題にしているメディアランキングでSucleが2位になることもありました。
この頃から、社内でもInstagramの影響力への認識が変わっていきました。さらにInstagram運用に注力していったところ、10万フォロワーを超えたり、投稿がバズったりするようになったんです。
大手化粧品メーカーの中でも、Sucleが話題になっているという話を聞くようになっていきました。タイアップのご相談などもこの頃から増え始めました。他社からSNSの運営方法を聞かれ、私たちが行った仮説検証の方法もお教えしたんですが、あまりピンとこなかったようで。
そこで、本格的にSNSマーケティングのコンサルティングや運用代行などをサービスとして展開したところ、関わった案件の多くで成果を上げることができました。
月岡:
それはすごいですね。
大槻:
こうした実績を出せたことで、私たちの手法は再現性があると確信しました。そして、運営しているWebメディアを閉じて、2019年からSNSマーケティングへと参入したんです。
月岡:
FinTの創業は2017年だったと思います。創業から2年かけて、大槻さんたちが強みを最大限発揮できる領域を見つけたのですね。
FinTが大切にしている「コミュニティ」
月岡:
SNSマーケティング領域でお仕事をしているわけですが、最近の人々のSNS活用はどのように変化していると思いますか?
大槻:
SNSというメディア自体が分散化していると感じます。昔はバズるSNSはInstagramやTwitterでしたが、今ではTikTok・YouTubeでも話題の投稿が生まれています。Instagramだけが、際立ってバズるプラットフォームではなくなりました。
各SNSで見る情報も細分化されています。Instagramならファッションやグルメ、Twitterは最新の話題やトレンドがよく見られているし拡散されやすい。TikTokは、さらにエンタメ寄りの情報が目立つ印象です。
こうしたSNSの変化の中でも、一番大きいのはショート動画の登場です。TikTok以外のSNSもショート動画が伸びていて、そこで情報収集している人が急増しています。
TikTokで目立つのは「切り抜き動画」ですよね。特に多いのがマンガやドラマの切り抜きで、TikTokオリジナルコンテンツだけじゃなく、さまざまなメディアのコンテンツを、TikTokを通じて消費している気がします。
私もテレビでは見ていないのに、切り抜き動画のおかげでストーリーの7割程度はなんとなくわかる。そういうコンテンツが何本かあります(笑)
月岡:
確かに、ショート動画を見る頻度は爆発的に増えました。FinT社も、VTuberとのコラボ事例などをリリースされていますが、今後のSNS運用では動画に力を入れていくのですか?
大槻:
そうですね。私たちはInstagram運用代行から事業をスタートさせ、現在はインフルエンサーマーケティングやプロモーション全体企画にも関わっています。「クライアントの商材に合っている」という前提で、最適な企画があればショート動画も提案していくつもりです。
ただ、ショート動画以上に私たちが重視しているのは「コミュニティ」です。私たちはSNSの登場によって今までなかった双方向性のあるコミュニティが生まれたと思っているんです。
VTuberとファンの関係性も、コミュニティだと思っています。そのコミュニティにどんな商品がマッチするのかを、私たちは考えるわけです。VTuberはゲーム実況をすることが多いので、これまではゲーミングチェアやイヤホンといったコラボが目立ちました。
VTuberはPR案件がまだ多くはないため、ファンが喜ぶ文化があり、「自分の推しを応援したい」という感情から購買への影響力があるのではないかと思いました。
クライアントの商品とどのコミュニティをマッチさせるべきか。FinTはこうしたコミュニティ選定力が強みで、お客様のプロモーションに貢献してきました。その力を生かしてコミュニティを形成・拡大したり、コミュニティ同士をマッチングさせることでパワーを生み、マスへと広げていくというのが、私たちの考えるコミュニティ活用です。
月岡:
個人にパーソナライズしていくのではなく、インフルエンサーやVTuberといった存在にひもづく、コミュニティという集合体に合わせたマーケティング活動を行っていく。それが、FinTの支援の根底にある発想なのですね。
日本をもっと豊かにして、海外進出を支援していきたい
月岡:
FinTは現在、グローバル展開の一環としてベトナムとシンガポールに進出していますよね。海外ではどんな活動を視野に入れているのですか?
大槻:
私がやりたいのは、日本のものを日本中に、日本のものを世界へと広げていく活動です。日本企業の海外展開を支援して、外貨を得られるお手伝いをしたいと考えています。
例えばベトナムでは、大手食品メーカーさんのファンコミュニティ作りを支援しています。その他にも、特定のキャラクターや芸人さんのコミュニティを作り、商品とのマッチングなどを行っているんです。
ベトナムをはじめとした東南アジアに進出したい日本企業に対して、有益な相談先がFinTになれたらいいなと考えています。現在は、すでに海外への販路を持っている企業への支援が多いので、これから海外展開しようという企業を、どんどん支援したいと考えています。
月岡:
なるほど。海外と日本の若者には、SNSの使い方など、どのような共通点や違いを感じていますか?
大槻:
実は日本とベトナム、インドネシアのZ世代は、驚くほど考え方が似ています。
Z世代はデジタルネイティブ世代でもあり、物心ついた時からSNSがあるため、各国のカルチャーやマスメディアの影響をあまり受けていないんです。結果、日本とベトナムのZ世代の考え方に大きな差はなかったりもします。
エンタメの消費のされ方も、国産のドラマ・映画は見ている一方で、日本のアニメやアメリカ、韓国のドラマもすごく流行っています。グローバリゼーションが進んでいるというのが、日本や海外のZ世代の特徴かもしれません。
Z世代に対する見方も、日本と海外で共通しています。海外でも、年上の世代はZ世代のことを「価値観が分からない」「宇宙人みたい」と考えています。
とはいえ、国によってカルチャーやエンタメへの見方、働き方や家族観など違いは存在します。そこを見極めつつ、マーケティング活動を変化させていくことが必要だと感じています。実際、ベトナムの若者は日本よりもバブリーなファッションだし、経済成長している分みんな前向きで勢いを感じます。
月岡:
うちもベトナムに支社がありますが、数年前に訪れたときの街の活気は今でも覚えています。
では最後に、大槻さんが考えているFinTの未来を教えてください。
大槻:
よく、日本は年々国際競争力が弱まっていると言われています。私は日本の底力を押し上げて、もっと前向きに日本で海外でチャレンジできる企業を増やしていきたいと思っています。
まずは日本国内の消費を盛り上げて、衰退していくと言われている日本をもっと豊かにする。そして、日本のいいものを世界に広めていく。これが私の信念でもあります。
FinTは、SNSやコミュニティに強みを持っています。この2つでパワーを発揮して、地方や大企業で注目を浴びていない商品を、正しく届けていこうと考えています。海外進出も、ベトナムやシンガポールだけじゃなく、他の国にもどんどん展開していくつもりです。
そのために、今後多様性にあふれたチームを作っていきたいです。FinTはZ世代が中心の組織ですが、それぞれの個性を認め合える環境にあります。今ある強みを生かしつつ、海外からもメンバーが集まってくれたら最高ですね。