様々な領域の「知」を求めて、有識者の皆さんと対談する連載「 #知の探索 」。インタビュアーは、当社の本田卓也が務めます。
今回のゲストは、株式会社デジタルアイデンティティ取締役の小林 睦(こばやし・むつみ)さんです。
広告、SEO、クリエイティブ、DXなど幅広い分野でデジタルマーケティングソリューションを提供するデジタルアイデンティティ。小林さんは同社にて、2009年よりSEOコンサルタントとして活躍。取締役となった今でも、お客様への提案に赴くなど現場で活動しています。
2018年には、『現場のプロから学ぶ SEO技術バイブル』を出版。SEO業務の基本から具体的な施策の立案・実装など、SEO担当者だけでなくエンジニアにも役立つ本として愛され続けています。
小林さんはどのようにしてSEOと出会い、なぜ現場にこだわり続けるのでしょうか。18年来の知り合いである本田が、根掘り葉掘りお聞きしました。
(執筆・撮影:サトートモロー 進行・編集:本田卓也)
破天荒な学生時代。出産をきっかけにSEOの道へ
本田:
まずは小林さんについて、幼少期や学生時代のことを伺いたいと思います。出身は東京でしたよね?
小林:
はい。東京都中野区生まれ中野区育ち、今も中野区在住です。
本田:
確か小学校は筑波大附属小学校だったと聞いています。
小林:
はい。幼稚園も国立・私立の優秀な小学校への入学を目指す子どもたちが集まるところに通っていて、お受験用のカリキュラムも受けていました。
本田:
英才教育だ……。小林さんにはお兄さんがいましたよね。お兄さんも小学校受験を経験しているの?
小林:
そうですね。兄は小学校受験の抽選で落ちてしまいましたが、中学校受験で名門校に合格して、そのまま東京大学へ進学しました。今は東大で教授を勤めています。
本田:
兄妹そろってすごい。小林さんの一家って何者?
小林:
親戚には学者や教員の道に進んだ人が多いです。北海道大学の教授のおじさんがいたり、建築家から画家に転向した祖父がいたり。父と母は普通の会社員ですけどね(笑)。
祖父の影響で油絵に触れたことがきっかけで絵を描くのが好きになり、中学校は美術部に入部しました。
本田:
すごいお家柄だ……。小林さんはそのまま、筑波大付属の学校に進学していったのですか?
小林:
いいえ。私はその後、筑波とは無関係の都立高校に進学しました。
本田:
ええ!?かなり思い切った決断をしたのですね。
小林:
先を見据えていろいろ考えていたというよりも、このままレールに乗って高校へ進むのが、つまらなくなってしまったんです。結果的に、都立高を選んだことで今までとはまったく異なる人間関係を築けたのは、よかったと思っています。
ちなみに、高校3年間は部活をせずアルバイトに明け暮れていました。多いときは週6日働いていたんですが、この頃から今に至るまで、働くことは一貫して大好きです。
本田:
10代の頃からハードワーカーだったのですね(笑)。
小林:
学校卒業後は美容業界に就職。そこから、結婚し第一子を出産した際に、兄が「お前、どうせ暇ならパソコンでも勉強したら?」と言って、デスクトップパソコンをプレゼントしてくれたんです。
それがちょうど2000年頃のことです。最初は「2ちゃんねる」や「あめぞう」などの掲示板を見ていたのですが、そのうち「Yahoo!オークション」や「フルーツメール」などお金を稼げるサービスにはまり、いつの間にかサイトを作って運営するようになりました。
本田:
ここがある種、小林さんにとってのSEOのスタートなのですね。2000年頃というと、情報源は非常に限られていたと思います。どうやって勉強したのですか?
小林:
サイトを作り始めたのは2003年頃からだったと思います。インターネットや本などでJavaScriptやHTMLを調べて、コードをコツコツ書いていました。FlashのActionScriptにはまったりもして。
MT(Movable Type)を使うようになってからは、サイトの量産が楽になりました。キーワードを入れると自動的にwebの情報を取得してサイトにしてくれるPlamo webなども使ってました。
本田:
アフィリエイトはなんのジャンルで作っていたんですか?
小林:
当時は今のようにスマホで情報検索することもできなかったし、テレビを見る習慣のなかった私にとって、情報源は雑誌でした。コンビニで毎月40〜50冊の雑誌を購入して、2時間ほど半身浴をしつつ読むというのが当時の日課で。そこで目にしたキーワードをベースに、サイトを立ち上げてコンテンツを記事にしました。
美容など自分の興味があるジャンル以外にも、資格として持っている簿記や秘書検定、ファイナンシャルプランナーの知識を活かした記事も書いていました。ドメインは多いときで当時70個は持っていたかな。
本田:
技術のバックボーンがないなかで、いちから作っていたのがすごい。情報収集もそうですが、行動量に脱帽してしまいます。
小林:
寝るとき以外は終始パソコンの前に座っていたので、個人事業主として結構な金額を稼げていました(笑)。
本田:
うらやましい(笑)。そこからなぜ会社員の道を選んだのですか?
小林:
1人でやっていてもスケールしないなと思ったんです。それに、未来永劫この状態が続くとは考えられませんでした。私の希望は、正社員で雇ってくれることと、子供の保育園お迎えに間に合う、中野から自転車で通勤できるエリアであることでした。はじめは、エンジニアが良いなと思い、自宅にあった独習JAVAを読み、プログラマー資格を取得しました。そこから、JAVAエンジニアで募集があるシステム会社を2,3社受けたのですが、子供がいて残業ができないと伝えると、正社員では雇ってもらえず。そんななか、あるインターネットマーケティングの会社がSEOコンサルタントの募集を出しているのを目にして、これは私もできるぞと思い面接をうけました。。
その際に、これまでサイトを運営していた経験を話したら、「すぐ来てほしい」と言ってくださったんです。
ドリルダウンして初めて課題、仮説、施策が見つかる
本田:
入社後はすぐ現場業務を担当したのですか?
小林:
入社直後はサイトの更新作業などコーディング業務が多かったのですが、徐々にSEOコンサルタントとしてお客様への提案業務なども行うようになりました。それから15年以上たち、役員としてSEO領域を管掌するようになった今でも、お客様との打ち合わせやコンペに参加して実際に提案をしています。
受注後の施策実施まで関わることは稀ですが、今でも一部のお客様の外部リンクの精査や過去のドメインのチェックなど、細かなタスクをやることもあります。昨年のお正月も、ポチポチと被リンクのチェックをしていまいた(笑)。
本田:
今でも現場での作業を続けているのか……。
これだけ大規模なSEO支援会社の役員でありながら、現場レベルで手を動かしている人は小林さんだけだと思います。何かこだわりがあるのですか?
小林:
SEOって、実際に手を動かさないと分からないことばかりじゃないですか。
毎日検索結果を見て、どういう動きや変化があるのかを把握する。そこから自社や競合他社のWebサイトをチェックして、何を対策したのかも見ますし、少しでも怪しい要素を見つけたら被リンクやウェブアーカイブなどを漁ってみる。そうやってドリルダウンして、初めて課題発見や仮説設計、施策立案ができると思うんです。
その感覚があるから、どうしても自分で手を動かしたくなるんですよね。
本田:
そのスタイルは今後も続けていくのですか?
小林:
SEOの世界も会社のスタンスも、日々変化し続けています。その流れをキャッチアップしていられる間は、現場に立ち続けたいですね。
本田:
私が担当した対談では、ほとんどのSEOのレジェンドたちが「早く辞めたい」と口にしていたから、ものすごく頼もしい(笑)。
現場の人々がうなる名著『SEO技術バイブル』誕生
本田:
小林さんといえば、2018年に共著で、『現場のプロから学ぶ SEO技術バイブル』を出版しましたよね。
400ページ以上にわたる本書は、SEO業務で知っておくべき重要な技術が網羅されていて、大変読み応えがありました。現場サイドでも、文字通りバイブルとして本書を持っている方が多い印象です。
小林:
ありがたいです。SEOに関する本を書く時、まず世の中にあるSEO関連書をマトリックス表などで整理しました。そして、SEO関連書は初級者向けの概念本が多いけれど、エンジニア寄りの本が少ないと分かったんです。
そこで、もともとエンジニア出身である私が、技術関連について言及した本を書こうと決めました。
本田:
現場や取締役の仕事をしながら本を書き切るのは、並大抵の苦労ではなかったと思います。
小林:
私は基本的に心が折れるタイプではないですが、この本の執筆は大変でした。執筆期間中はすべての会食を断っていたし、子供たちにも「ごめん!この期間は夕飯なんとかして」と謝るレベルで。連休があるときは、ほぼ缶詰で原稿とにらめっこ状態でした(笑)。
その甲斐もあり、出版後は「小林さんがあの本を書いたのですね」と、業界内の認知度は高まった気がします。
デジタルアイデンティティでも、社内研修用のテキストとして本書を活用しています。これまでは私やベテランメンバーが定期的に社内勉強会を開催していたんですが、毎年同じことをするのはなかなか大変で。
『現場のプロから学ぶ SEO技術バイブル』を出版してからは、これ一冊読めばある程度SEOの基本がわかるようになるという状態を作れるようになりました。
実はこの本、印刷前はトータル800ページくらいあったんです。このままじゃコストが合わないということで、泣く泣く半分に減らして。デジタルアイデンティティのメンバーには、ページ数を減らす前の元データを渡して読ませています。
本田:
それも読んでみたい……!
SEOと「それ以外の興味がある分野」のスキルを伸ばそう
本田:
小林さんは採用も担当していると思いますが、SEOコンサルタントを志望する人と面談する場合、どのような点に注目していますか?
小林:
Webが好きであるというのは大前提ですよね。その上で、物事を突き詰められる性格か、ちょっとオタクっぽい気質を持っているかも見ています。
例えば、あるベテランメンバーはWikipediaが大好きで、調べ物をするうちにページ内のリンクをどんどんクリックしてしまうそうです。私も同じで、調べ物のためにWikipediaを開いたはずなのに、気づけば時間が溶けていることがよくあります(笑)。
本田:
私もです(笑)。調べ物に夢中になれるかは、SEOにおいて重要な素質かもしれませんね。ちなみに、ここ最近「もっとSEOを学びたい」と若い方々から相談されるのですが、小林さんならどう答えますか?
小林:
その方の知識やスキル次第ではありますが、まずは「自分でサイトを制作・運営してみてください」と伝えます。
サイト制作やサイト運営にはテクニカルな知識が不可欠です。この知識を学んでおくと、エンジニアと円滑なコミュニケーションができるようになります。
SEOはどんなに良い提案をしても、提案内容がサイトに反映されなければ、当然成果は得られません。バックエンドの知識というエンジニアとの共通言語を持っていれば、その施策が仕様上実施できるのかも判断できるし、実装するためにどんなアクションが必要なのかを議論することもできます。
それに、テクニカルな知識を持つとエンジニアと交渉しやすくなるんです。
本田:
交渉?
小林:
エンジニアにとって、施策の実装はタスクの追加を意味します。自分の作業が増えるのは、誰でも面倒に感じてしまうじゃないですか。そんな時、自分たちの苦労を理解しているコンサルタントからの提案なら、重い腰も上がりやすくなりますよね。
本田:
理性的にも感情的にも、テクニカルSEOの内情を知る人のほうがエンジニアの協力を得やすいというわけですね。
小林:
それ以外には、SEO以外で自分が興味を持っている分野のスキルを伸ばすのもおすすめです。
デジタルアイデンティティでは部署を兼任できる制度を設けています。あるメンバーはSEOとDXの関連部署を兼任して、後者ではMAツールやCRMツールの構築を支援しています。こうしたセールス支援の知識やスキルを磨けば、リード獲得・ナーチャリングにおけるシナリオ設計といった仕事もできますよね。
他にも、UI/UXの知識を磨いたり、クリエイティブ方面に強くなったり、広告を勉強して入口部分に強いマーケターになったりするという道もあります。
本田:
SEO+αで、自分が興味のある分野を伸ばしていくのはありですね。
小林:
もちろん、SEOが好きで好きでたまらないというのなら、SEOだけ本気で取り組むのもいいと思います。実際、SEOに精通したプレイヤーは本当に少ないですから……。
低品質なクオリティのサイトやコンテンツを見ると、腹が立ってくるんです。そういうサイトがこの先淘汰されるよう、低品質なサイトを取り締まっていきたい。そんな想いを込めて、今日はパンダがあしらわれたチャイナドレスを着てきました(笑)。
※パンダアップデート |
本田:
パンダたちは低品質コンテンツへの怒りの気持ちを表していたのか!(笑)。
時代の変化に強い組織を作る
本田:
小林さんは今後、デジタルアイデンティティで何をしたいと考えていますか?
小林:
会社を大きくするということに尽力したいというのが、真っ先に思い浮かぶことです。
弊社は2017年に株式会社Orchestra Holdingsに商号変更しました。Orchestra Holdingsが掲げる企業ビジョンは「創造の連鎖」。その言葉の通り、私たちはデジタル✕ITのかけ合わせを軸にしてさまざまな事業を展開しています。
デジタルアイデンティティのように、広告やSEO、クリエイティブに強みを持つ会社。エンジニアだけで構成されたプロフェッショナル集団の会社。他にも、タレント事業に進出する会社もあります。
本田:
デジタルマーケティングに限定されず、幅広い事業に挑戦しているのですね。
小林:
新しいプラットフォームやAIの台頭など、デジタルの世界はめまぐるしく変化しているじゃないですか。それにあわせてビジネスも対応させなくてはいけません。
そこで私たちができることは、時代の変化に強い組織・体制を作ることだと思っています。
本田:
同感です。うちの代表取締役である古澤暢央も、弊社のメンバーに「我々は「SEO=検索エンジン最適化業」ではなく「PFO=プラットフォーム最適化業」である」と伝えています。生成AIの進歩でプラットフォームがどのように変化しても、すぐに対応し最適化できる組織が、これからも生き残れるのでしょう。
デジタルアイデンティティと小林さん が、これからどう進化するのか楽しみです。