株式会社GiftXのいいたかゆうたさんがインタビュアーとなり、様々な領域の「知」を求めて、有識者の皆さんと対談する連載「#知の探索」。
今回のゲストは、株式会社WACUL代表取締役の垣内勇威さんです。垣内さんは東京大学経済学部卒業後、株式会社ビービットを経て、2013年に株式会社WACULへ入社。デジタルマーケティングの支援ツール「AIアナリスト」立ち上げに携わり、2022年5月に同社の代表取締役へ就任しました。2020年には『デジタルマーケティングの定石』(日本実業出版社)を出版した垣内さんは、SNS・メディアでのバッサリと物事を切る発言でも注目を集めます。今回のインタビューでも、「垣内節」でデジタルマーケティングの本質について語っていただきました。
(撮影:志賀友樹 執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた)
デジタルマーケティングなんて「やらなくていい」が一番
いいたか:
垣内さんが、WACULへ入社した経緯を教えてください。そもそも、ベンチャーや起業志向は高かったんですか?
垣内:
全然! 学生時代はなんとなく、大企業やコンサルティング会社に就職したいと考えている程度でした。大企業に勤める父に対して逆張りしたい気持ちもあって、スタートアップのビービットへ入社したんですよね。
コンサルティング会社へ進まなかったのは、面接がめちゃくちゃ高圧的で「怖い。ダメだ」と諦めたからです。
いいたか:
今の垣内さんからは、まったく想像できないエピソードです。
垣内:
昔からずっと、メンタルが弱いんですよね(笑)。WACULを創業した元代表取締役社長は、ビービット時代の後輩にあたります。彼とはもともと仲がよく、僕のほうから「一緒にやりたい」と声をかけてWACULへジョインしました。
いいたか:
なぜWACULに入ろうと思ったんですか?
垣内:
とにかくヤバい!と感じたからです。
ビジネスモデルがまったく理解できないし、話を聞いても何を言っているか分からなかった。それがかえって、「この訳の分からない会社で、捨て身で働こう」という想いにつながりました。
また当時、僕は結婚するタイミングでもありました。将来、子供に「お父さんはダラダラ生きている」と思われたくないなと。多少バグってもいいので、攻めた人生を送ろうと決意したんです。
いいたか:
大胆な決断を下したんですね。WACULへ移ってから生まれた「AIアナリスト」は、どんな社会的課題から作られたプロダクトなんでしょうか?
垣内:
僕はよく、コンサルティングを通じて「なぜ人々は同じ失敗を繰り返し、そのたびに同じことを説明しなければならないのか」と思っていました。そんなコンサルティングを自動化すれば、提供側の手間が減るなと考えたんですね。
それと、コンサルタントは能力にバラつきが大きいです。嘘を言う人もいるし、成果の割にやたらと報酬が高い人もいます。けれど、本当にいいコンサルタントが支援できる案件数は限られます。良質なコンサルティングが自動化されて、安く平準化されたバリューを受けられる人が増えれば、世の中全体がショートカットできると思いました。
いいたか:
コンサルティングをする側にも受ける側にも、メリットがあると感じて「AIアナリスト」を開発したんですね。
垣内:
僕はデジタルマーケティングなんて、やる必要がなければやらない方がいいと思っています。商品開発や経営だけに時間を割けるのが、一番いいことじゃないですか。デジタルマーケティングという領域は、全部誰かに任せられるに越したことはないなと。
いいたか:
垣内さんと僕が、マーケティングイベントに登壇した時があったじゃないですか。その時も、垣内さんは「Webなんかに時間を使っていたらダメだよ」と話していて。会場がざわついたのを思い出しました(笑)。
「AIアナリスト」のリリース後、しばらくしてからコンサルティング業務も積極的に行うようになりましたよね。プロダクトだけでは限界がある、人間の知も必要だと考えたんですか?
垣内:
そういう側面もありますが、一番大きな理由は「ナレッジを蓄えプロダクトに落とし込む活動は、継続しないといけないから」です。世の中は常に変化します。知見を開発しアップデートし続けないと、今ある知見も陳腐化してしまいますから。
僕はインキュベーション事業という事業部を持っていて、人的なコンサルティング業務を担当しています。今は常時、10社程度を見ていますね。
いいたか:
多いですね!
垣内さんが受ける案件と、現場のコンサルタントが受ける案件には違いがあるんですか?
垣内:
現場では、ある定型化した業務―Webサイト改善、広告の運用改善など―を担当します。僕の場合は「なんでもこい」ですね。1回限りの案件もあるし、将来的に定型化できる案件もあるなど内容はさまざまです。
こうした領域にこそ、世の中の課題が眠っていると思っているんです。インキュベーション事業部が関わる案件の中にも、繰り返し出会う課題があります。そこで磨かれた解決策が、多くの人にも意味のあるものならば定型化します。
それを、「AIアナリスト」を通じて安く広く届けていくわけです。僕たちが知見を磨く部分を受け持つことで、WACULとしてのナレッジが拡張していくのかなと。
いいたか:
現場は「守りのコンサルティング」を担当して、垣内さんたちが「攻めのコンサルティング」をしているという感じでしょうか。垣内さんたちが得た新たな知見が、今後のプロダクトに上乗せされていくんですね。
垣内:
「攻めの粒度」が違う、と表現してもいいかもしれません。デジタルマーケティングは、クリエイティブをひとつ改善するだけでも課題解決できることがある世界ですから。そうした要素にしっかり取り組みつつ、会社で誰もやっていないことに僕たちのチームが手を付けています。
Webサイト改善は「100ページ中10ページ」で十分
いいたか:
垣内さんはWebサイト改善について、さまざまな媒体で考えを発信していますよね。改めて、Webサイト改善にはどんなことが必要で、何が不要なのかを教えてください。
垣内:
僕の考えとして、Webサイト改善は要所のページのファーストビューだけを、いじればいいと思っています。全体で100ページあったとしたら、トラフィックやビュー数、コンバージョンが多い10ページ以内で十分かなと。
仮に僕がこのサイトのリニューアルを任されたら、100ページ中3ページをしっかり直します。残りの97ページは、フッター・ヘッダーを差し替えるだけです。このくらいハッキリスタンスを取らないと、ムダなことをたくさんしてしまいますから。
いいたか:
スタンスがかなり明確ですね。とはいえ、世の中の会社では、「サービスサイトは2-3年に1度リニューアルしたい」というニーズもあります。このニーズの裏には何があるんでしょうか?
垣内:
自分の功績を示したいだけなんじゃないですかね。数字を伸ばすのは大変ですが、何かを作るってすごく楽なんですよ。だからみんな、サイトリニューアルなどの「作る系」のタスクに傾倒しちゃうんです。
ですが、こうしたタスクは数字を伸ばすのに貢献しません。だからこそ、「それは僕の仕事ではない」とハッキリ断るようにしています。
いいたか:
先ほど「100ページ中10ページ直せばいい」とおっしゃっていましたが、アクションを起こした後の効果検証や、PDCAはどう回しているんでしょうか?
垣内:
Webサイト改善のような仕事において、僕は細かすぎるPDCAなんて回さなくていいと思っています。Webサイト改善の領域では、ある程度正解に近いアクションは確立されています。そこに取り組んだ後も細かすぎるPDCAを回すのは、「仕事のための仕事」という気がしてならないんです。
ビジネスフローを丸ごと変えるような、大きなPDCAならば回してもいいと思います。デザインを細かく変更するなどのタスクは、「やらない」という意思決定が重要です。
大きなPDCAとして重要なのは、「コンバージョンポイントを変える」「Webサイトの目的を変える」などですね。コンバージョンポイントを変えたら、インサイドセールスなど後追いの工程も変わるはずです。さらに、営業フローや商品開発の方針も変えないと、数字は伸びません。
デジタルマーケティングの一部をいじくり回すのではなく、顧客獲得活動のすべてをセットで取り組む。それくらい大きなPDCAなら、僕は有効だと思いますね。
「スタンス」を取らないとメディアに出る意味がない
いいたか:
垣内さんはメディアでもイベントでも、物事をハッキリと口にしますよね。
垣内:
もともとそういう性格なんです。言っても言わなくてもいいことを言うのって、時間のムダだなと。せっかくなら、意味のあることを言いたいじゃないですか。特にメディアに出る以上、スタンスを取らないと無意味だと感じています。
Twitterはすぐに反応が分かるので、アカウントを作った時からなるべくリツイートされることをつぶやこうと思っていました。世の中の「あるある」なんだけれど、みんながちゃんと表現できないものをつぶやけば反応があると分かっていたので、露出を増やすのは簡単でした。
いいたか:
すごい(笑)。 冒頭で「あまりメンタルが強くない」とおっしゃっていたのに、全然それを感じさせませんね。Twitterやメディアで目立つと、垣内さんを叩こうとする人も増えてくるんじゃないですか?
垣内:
それが、全然叩かれないんです。僕の発言を叩いてくる人は、痛いところを突かれたんだなと思って反応を眺めています。発言が正論なら、ほとんど叩かれないですよ。
とはいえ、僕の発信は弱者の戦略です。僕が大企業の社長さんだったら、こんなことできないでしょう。WACULは、売上規模的にまだまだ市場を取っていこうというフェーズです。攻められるうちに攻めていきたいし、使えるものは使っていこうと考えています。
WACULの知見を深める3種類のコンサル案件
いいたか:
実際に垣内さんが携わっているコンサルティング案件は、どんなものが多いんですか?
垣内:
個人で担当する案件は、大きく3タイプに分類できます。
- ① DX部署の支援
- ② ライフタイムバリュー(LTV)改善
- ③ ショットで成果を出す案件
①のDX部署の支援では、組織調整に携わります。デジタルの知見で、DX部署とDX部署に支援される事業部の双方の人や組織を説得し、改善の道のりを着実に進めていくのが僕の主な仕事です。
昔から、多くの企業でいわゆる「デジタル統括部」といった部門が突然作られてきました。そこに配属されるのは、パソコンはちょっと詳しいけど、デジタルには精通していないような人材ばかりです。
今はDXという言葉が流行するようになり、デジタル統括部がDX本部に名前を変えて、以前と比較にならない予算規模でデジタル化が推進されるようになりました。それなのに、依然として担当者はデジタル初心者も多いです。
何を進めたらいいかも分からないし、事業部やグループ企業は全く言うことを聞いてくれない。そこで、関連書籍を出版している僕と、3.6万サイトに「AIアナリスト」を提供して多くの知見を持つWACULという後ろ盾を活用して、事業部を説得していくわけです。
そして、DX本部の一員として各グループ企業のメンバーと一緒に交わり、具体的な成果を出します。そうやってDX本部のプレゼンスを高めながら、会社全体の「成果を出すための勝ちパターン」を、一緒に作っていきます。
いいたか:
②のLTV改善は、どんなことをしているんですか?
垣内:
LTV改善は、最近僕が凝っている領域です。僕は、デジタル最大の論点は、LTVにどうデジタルを活用させるかだと思っています。
企業におけるデジタル活用って、どうしてもWebサイト1訪問のCVやCPAなどの「セッション単位」で語られがちじゃないですか。デジタルの利点は、無料で大量のお客様と接触できることにあります。それなのに、セッション単位で会社の方針を決めるなんて、すごくムダだと思うんです。
同じ考えで、ルート営業もムダが多いですよね。デジタルを使えば無料で接触できるのに、なぜわざわざ毎日通わなきゃいけないんだろうと。こうしたムダな仕事を、セクションをまたいでローコストで代替できるのが、デジタルの最大の強みです。
LTV改善は、カスタマージャーニーを全てひもとくことから始まります。LTVのどこにデジタルを活用できるかを定義して、導入・改善することで、はじめてデジタルは機能するんです。そのため、LTV改善の案件では念入りに定量・定性調査を実施します。
代表的な事例は、読売ジャイアンツさんの案件ですね。ジャイアンツさんの数十年の歴史からカスタマージャーニーをひもといて、ファン化の経路のうちデジタルでできることを再定義しました。
③ショットで成果を出す案件は、お客様の喫緊の課題について、単発でとにかく解決し、成果を上げるという案件ですね。ここから信頼を得て、喫緊の課題以外の領域、例えば広告運用を任せてもらうこともあります。
マーケターが真面目に取り組むべきなのは「コンテンツ作り」
いいたか:
WACULさんでは、「他社さんのサイトを診断」というか、ぶった切るウェビナーを配信していますよね。
「デジマの定石」ライブ診断イベント ~第1回 ラクス「配配メール」のサイト・広告・SEO・メールを徹底分析します~ | 株式会社WACUL
このコンテンツが生まれた背景も教えて下さい。
垣内:
これは元々、AIアナリストの「デジタルマーケティング診断」サービスにフォーカスした、コンテンツを出したいという想いがありました。デジタルマーケティング診断は、無料から企業のデジタルマーケティングを、網羅的にチェックできるサービスです。
Webサイトや広告、SEOをAIアナリストの知見でもって診断すると、あらがたくさん見つかります。それを見てもらうことで、うちのサービスを発注してもらおうという狙いがありました。
僕は、ウェビナーはエンタメだと思っています。仕事中に仕事に関するセミナーを見るのってすごく苦痛じゃないですか。そこで、いかにウェビナーをエンタメ化するか考えました。とはいえ、WACULは対外的に真面目な会社だと思われているので、ギャグに走ることはできません(笑)。会社のキャラクターを保ちつつ、一番エンタメに近づけられるのがこの企画だと想いました。
とはいえ、こんな辛辣な案件は誰も受けてくれなさそうと思ったので、初回は知人にお願いしました。
いいたか:
垣内さんから出演者の方々に声をかけていたんですね。多くの企業に共通する、マーケティングにおける間違いはなんだとお考えですか?
垣内:
コンテンツ作り以外のことにばかり、時間を費やしていることかなと。というか、真面目にコンテンツを作っている企業って、想像以上に少ないです。
業種にもよりますが、BtoBのマーケターなんて、コンテンツを作るか営業するくらいしか仕事はないじゃないですか。にもかかわらず、他のどうでもいいことばかりやっているんですよ。こうした企業を見ていると、「仕事のウェイトがズレているな」と強く感じます。
いいたか:
すごく分かります。ちなみに、前職のホットリンクには純粋なマーケターが2人しかいませんでした。そこに3名のコンテンツライターがいて、このチームでほとんどのコンテンツを作っていたんですよね。
垣内:
正しい組織設計だと思います。マーケターの仕事って、コンテンツ作り以外はせいぜいプロジェクト管理くらいでしょう。企画ができる人も、そうそう多くはありません。そう考えると、マーケターは少なくていいんです。
目指すは「デジマのムダ一掃」
いいたか:
WACULは、リード獲得も含めてどんなマーケティング活動をしているんですか?
垣内:
WACULのマーケティング活動の本丸は、やはりコンテンツ作りです。やっていることは、ウェビナーなどの超シンプルなもので、SEO記事も最近はあまり力を入れていません。サイトもいじっていないし、SNSもちゃんとやってないです。最低限の補填として、広告は回していますけどね。
今はどちらかというと、広報活動に力を入れています。僕は今、新しい書籍を書いていますが、こうした活動のほうが案件につながりやすいですね。いかに広報で潜在的なお客様のリーチを広く獲得して、ハウスリストから顕在化したユーザーを取っていくかが重要だと思っています。
とはいえ、もっとも労力を割いているのはプロダクト開発です。新規顧客に契約いただき継続的にご利用いただくために、プロダクトに何が必要か。それを考える方が、僕は重要だと思っているので。
いいたか:
ぶっちゃけ、プロダクトがよければ人は集まりますからね。書籍以外では、どんな広報活動をしていますか?
垣内:
メディア対応です。うちと一番相性がいいのは、日経クロストレンドさんなんです。僕は日経クロストレンドさんで、連載記事「続・マーケティングDXの落とし穴」を持たせていただいています。ここに記事を投稿すると、お客様からの反響がたくさんあります。
日経クロストレンドの記者さんのうち、よくコミュニケーションを取る方が4、5人いまして。こちらから連載の企画を提案すると、それぞれの記者さんが興味のあるものをチョイスしてくれるんですよね。
広報は、メディアとのリレーションをつくることが重要だと思います。有益な情報を出すことで関係性を作っていく。そういう活動も、地道に取り組んでいますね。プレスリリースもPR Timesに掲載するだけじゃなく、各メディアの読者に届けることも意識して展開しています。
いいたか:
プレスリリースは、PR Timesに出稿して終わりという企業がすごく多いですよね。僕もプレスリリースを配信する時は、それぞれのメディアに向けた原稿を書いていました。
リリース直後に、色々なメディアさんに「こんな記事どうですか?」とメールにぶら下げて送るんです。そうすると、取り上げてくれる確率がぐっと上がります。記者さんって、コンテンツ数がKPIに置かれていることが多いので、すごく喜ばれるんですよ。ついでに、うちの取材をしてよという提案もしていました。
垣内:
それはいいですね。メディア対応では、WACULにとっての日経クロストレンドさんのように、相性のいい媒体をちゃんと探すことも重要ですよね。
いいたか:
とても重要ですね。
最後に、WACULは今後どんな社会課題の解決に取り組んでいきたいですか?
垣内:
デジタルマーケティングのムダの一掃ですね。僕の「デジマのムダ」の定義は、売り上げやコスト削減に一切貢献しない仕事です。そういう仕事をできるだけ削って、他のことに時間を使えるようにしていきたいなと考えています。
僕には、すごく好きな話があります。まだ目覚まし時計がなかった時代、朝起きるために「窓を叩いて起こす」という仕事があったという話です。時代が進み、この仕事は世の中から姿を消していきました。「この仕事をなくしたら、職を失う人がいるかもしれない」という葛藤はあります。それでも、デジタルマーケティングにおけるムダな仕事を、根こそぎなくしていきたいなと。
AIアナリストで実績と知見を積み重ねて、わかりやすい「デジタルマーケティングにおける正解」を作っていきたいですね。そうすれば、思考停止で組織調整なしに動けることがぐっと増えて、多くの人が経営やプロダクトそのものを磨きあげられるようになります。その結果、世の中がもっとよくなると思っています。